オーストラリア経済思想史学会報告記
橋本努20060724
慶應大学の池田幸弘先生のお誘いに乗って、「オーストラリア経済思想史学会」にて報告をしてきた。私にとってはじめてのオーストラリア。ちょうど真冬にあたる今回の訪問について簡単に記しておきたい。
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オーストラリアの経済思想史学会(History of the Economic Thought of Australia)―― 略してHETSA(ヘトサ)と呼ばれる ――は、1981年に創設されて以来、今年で25年目を迎える。最初は隔年で大会を開いていたために、今回は第19回の大会ということであった。この学会でアクティヴに参加しているメンバーは約30人程度で、驚いたことに創立以来メンバーの数はあまり増減がない。この学会は活動とともに、平均年齢を25歳ほど上げたようである。メンバーの平均年齢はかなり高く、大学院生はまったく参加していなかった。おそらくこの研究分野での就職は難しいのであろう。メンバーの多くは、大学に職を得てから後に経済思想の研究へと転じたという。参加者のなかで「たぶん私がいちばん若い」と言っていたのは、マレーシア出身の教員であった。彼はソローの成長論モデルをマレーシア経済に適用した博士論文を書いて、大学に職を得たとのことであるが、私と同世代の方である。
30人程度の学会でしかも25年も続いているとなると、すでにメンバーたちは「馴れ合い」状態になっているのではないかと危惧されるが、実際の大会は、かなり緊張感に満ちた、そしてとても友好的で親密な場となっていた。大会の四日間、参加者たちは議論と昼食と夕食とアトラクションをともにするので、誰もが親しい関係になる。アメリカの学会では大会の規模が大きすぎて、なかなか親密な関係が生まれない。ところがオーストラリアでは、すぐに内部のメンバーになれるような近づきやすさがあった。こういう学会に一つ足を下ろすというのも、自分の生き方の幅を広げてくれるような気がする。実際、池田先生は、これまでこの学会に4回ほど参加されて、そして現在は、この学会のボーディング・メンバーとなっていた。今回の大会には、私を含めて四人の日本人が報告をした。オーストラリア経済思想史学会は現在、日本人の発表を歓迎しているとのことである。
今回の学会は、バララートという人口8万5千人の町で開かれた。メルボルン空港からバスで一時間半ほど走ると、150年前に金鉱発掘で栄えた古い町が見えてくる。その市街の中心に位置する歴史的な建物(現在はホテル)が、大会の会場であった。訪問当初は冬の寒さと寂れた町の風景から、私は「とんでもない場所に来てしまった」と感じたが、後になって、まったく異なる印象を得た。一つには、「南十字星の惨事」というハリウッド仕立てのアトラクションをメンバーたちと見学に行ったということがある。皆で夕食を共にした後に、夜の野外ショー(といっても人間のショーではなく、声と光と舞台仕掛装置によるショー)を見て、そこでバララートというこの町が、オーストラリア政府に抵抗して「南十字星」の旗のもとに独立コミューンを築いたという歴史を知った。このショーはかなり巧妙な仕掛によってできていて感心した。もう一つには、町の中心のすぐ近くには大きな湖があって、その湖畔の公園に魅せられた。気品のある木々に囲まれた湖畔をジョギングする人々の姿に、この町の豊さを感じた。また大会のプログラムの一部には、バララートの歴史、および、バララート大学の歴史についての講義が含まれており、私たちはこの土地について鮮やかな情報を得ることができた。学会のプログラムのなかに、その開催地の歴史について専門家の講義を含めるというのは、とても味わい深いことであるだろう。私たちはバララートの歴史家といっしょに市内の中心街をまわったりもして、それで歴史に対する理解をいっそう深めたのであった。とくに興味深いと感じたのは、バララートにおける民衆の独立運動(金鉱発掘のライセンス破棄によるコミューンの創造)が、カール・マルクスによってドイツにおいて報告されていたという事実である。19世紀の中頃にはすでに、オーストラリアにおける社会運動も国際的なネットワークの中で位置づけられていた。
今回の大会では、とりわけオドネル(O’Donell)教授にお会いすることができて光栄であった。私は修士過程に在籍中に、オドネルのケインズ研究書を読んで感銘を受け、彼のアプローチを真似てハイエク研究をしようと思ったことがある。結局そのような研究をするには至らなかったものの、しかし彼の粘り強いテキスト・クリティークの手法から私は多くを学び、また彼の著作を通じて英語読解力を身につけていった。そのオドネル氏は、この学会でもっと輝いたメンバーの一人であった。
大会ではもう一つ、アレン・オークレー(Allen Oakley)教授の業績を称えるためのセッションが設けられていた。オークレー氏は、マルクス経済学の方法論研究から出発して、のちにオーストリア学派の方法論研究へと転じて精力的に研究書を発表していった学者である。しかし彼がどうしてマルクスからオーストリア学派へと転向したのかについては、これまでよく分からなかった。ところがシュナイダー教授の説明によると、オークレー氏はオーストリアの女性と結婚して、それで研究方針を180度変えてしまったというのである。この話、事実としてもジョークとしても、なるほどよく頷けて可笑しかった。オークレー教授は、今回の大会には現れなかったが、聞くところによると彼はすでに大学を退職して、学問研究をいっさい止めてしまったようである。私はすこし寂しくなった。というのも私にとって研究は、退職とともに終えるべきものとは考えられないからである。もしかすると方法論研究というものは、それほどムキになって続けるほどの価値はないのかもしれない。そういえばC・メンガーもまた、晩年は釣りを楽しんで、研究から遠ざかっていったことが思い出される。
さて、大会での私の報告は、基本的には2か月前に韓国で報告したものとほぼ同様のものであるが、今回の発表で、私はいくつか学んだことがある。まずオーストラリアの英語の発音はブリティッシュなので、自分のアメリカ的な英語の発音に違和感が残ったこと。それからこの学会はとてもレベルが高いので、もっと詳細に自分の議論を説明する必要があると思ったこと。パワーポイントでは説明できないような、議論の微妙な展開の仕方などについて、説明することができればよいと感じた。さらに、この学会ではもっと学術論文のスタイルを重視すべきで、アメリカの学会のようにアイディアを中心に印象的で喚起的な発表をすることはあまり奨励されていないと感じた。実際にこの学会では、あまり独創的なことを述べる学者がいなく、むしろ手堅さを追求する学者が多かった。いまの私に必要なのは、自分のアイディアをこれまでの研究文脈のなかで十分に正当化することである。
なお今回の大会では、池田先生をはじめ、伊藤誠一郎先生や尾近裕幸先生とも交流を深めることができて幸いであった。日本ではなかなか議論することができないが、海外では濃密なコミュニケーションをすることができる。忘れられない思い出がまた一つできた。
大会後、私はシドニーに向かった。バララートの最高気温は8度であったのに対して、シドニーの最高気温は18度。冬でも恵まれた気候を楽しむことができた。オーストラリアには主たる産業がなく、天然資源の輸出で潤っている国であるが、それでもかなり生活水準が高い。とりわけ人々は建築や住居へこだわりがあるらしく、書店のアート・コーナーに行くと、その半分以上が建築やインテリアの本で占められていた。シドニーの中心街はニューヨークのような摩天楼と広大な植物園がとなりあわせになっており、都市の快適な空間を構成していた。散歩の途中に、Art Gallery of New South Wales やAustralian Museumに寄ってみた。とりわけアボリジニのさまざまな芸術に新鮮な感動を覚えた。それから19世紀のオーストラリアにおける古典的な西洋絵画は、かなり水準が高いと思った。少なくとも19世紀のアメリカと比べた場合、この国は格段に芸術的なセンスがあるのではないだろうか。はたしてこの違いは、移民におけるプロテスタンティズム信仰の違いに起因するのであろうか。調べてみたい。
シドニーでは、帰国前にHMVに寄ってみた。あまり大きなCD店ではなかった。ジャズ関係では、Rodrigo y Gabriela という、メキシコ発のスパニッシュ・ギター・デュオが流行っているようで、私もその新譜を視聴してみたが、たしかに素晴らしい。オーストラリアでメキシコのギターが流行している。なぜなのか、その理由は分からない。シドニーは、移民の数から言えば、アジア系が圧倒的に多く、黒人やヒスパニックはアメリカに比べて相対的に少ない。料理でいうとタイ料理がもっとも多く繁盛している。その土地でなぜスパニッシュ・ギターなのか。この疑問についても解明したい。
最後に、オーストラリアは日本にしか戦争に負けたことがない、という事実も理解しておきたい。バララートの湖畔には、戦争でなくなった人々の立派な記念碑があった。その記念碑の記録によれば、オーストラリア兵士が最大の惨事に見回れたのは、日本軍の捕虜となった二〇八名の兵士たちが1942年に帰国する際に、「モンテヴィデオ丸」という船の沈没とともに命を失ったことだという。バララートを訪問して、私は戦争の史実を知ることになった。これからも戦争の記憶について、アンテナをしっかりと張っていきたい。
HETSA
CONFERENCE 2006: PRELIMINARY PROGRAM
‘Rummaging through the golden threads of
the history of economic thought’
The 19th Conference
of the
History of Economic Thought
Society of
4 -
Features:
·
Two
keynote addresses:
o
Wednesday
5th July 1.50-2.40 pm by Professor Fred S. Lee of University of
Missouri - Kansas City, USA on History of Heterodox Economics, Is there one?
o
Thursday
6th July
·
Welcome
to Ballarat cocktail evening Tuesday 4th July
·
Official
Launch of Conference by Dean of Graduate Studies, University of Ballarat,
Trevor Hastings at Wednesday 5th July,
·
Walking
tour of historic
·
Wednesday
5th July: Dinner at
·
Walk
through the Ballarat Botanical Gardens, which includes busts of all Australian
Prime Ministers.
·
Conference
dinner on Thursday 6th July with Ballarat musicians on
·
Celebration
of the 25th year of HETSA at Conference dinner.
Venue: Historic Craig’s Royal
Hotel in the heart of Ballarat
Conference Schedule
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TUESDAY
4th JULY |
WEDNESDAY 5th JULY |
THURSDAY
6th JULY |
FRIDAY
7th JULY |
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EARLY MORNING |
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Registration 8.30 – 8.50 Official Launch 8.50 – 9.00 Session 1 Australian HET Chair: Alex Millmow |
Session 5 Market-based Economics & HET Chair: TBA |
Session 7 Heterodox Themes I Chair: Michael Schneider |
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MORNING TEA |
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LATE MORNING |
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Session 2 Papers in honour
of Allen Oakley, Intro: G.C. Harcourt Chair: Geoff Harcourt |
Session 6 Ballarat Connections at Mechanics Institute Chair: Frank Hurley |
Session 8 Heterodox Themes II Chair: Ray Petridis |
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LUNCH |
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12.40 – 1.50 |
12.40 – 1.50 HER Editorial Board/ Lunch |
LUNCH & CLOSE of CONFERENCE |
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EARLY AFTERNOON |
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Session 3 The Big Picture: Alternative views
of economics from our overseas guests Keynote Address I: Fred Lee Chair: Jerry Courvisanos |
1.50 – 3.15 HETSA AGM |
1.50 – 3.15 Walking Tour of Historic Ballarat with Anne Begg-Sunter |
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AFTERNOON TEA |
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LATE AFTERNOON |
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Session 4 English HET Chair: John Pullen |
3.30 – 4.15 Keynote
Address II:G. Harcourt Bus to Botanical Gardens leaves at
4.30 Guided walk through Botanical Gardens |
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EVENING |
Cocktails and Early Registration Craig’s Royal Hotel |
Bus to Sovereign Hill Dinner at 6.30 Show “Blood on The Southern Cross” Bus back to The Royal Hotel |
Pipers on the Parade (next to Botanical Gardens) 5.30 Drinks/Cocktails at Pipers 6.00 Dinner at Pipers Awards and 25 Years of HETSA |
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Details of Sessions
All papers are
scheduled for 30 minutes: 20 mins. talk, 10 mins. discussion, or any other
variation that fits into 30 minutes in consultation with the chair.
SESSION 1
Chair: Alex
Milmow
Theme: Australian History of Economic Thought
David Syme and the
Gregory
Moore,
Giblin’s Platoon : Fighting For and Against the Empire
William
Coleman,
The Appointment of the ANU’s
First Professor of Economics
Selwyn
Cornish,
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SESSION 2
Chair:
Geoffrey Harcourt
Theme: Papers in Honour of Allen Oakley
Allen Oakley: An Independent-Minded Scholar of
Quality
Geoffrey
Harcourt,
The Contemporary Relevance of Karl Marx’s Political
Economy
Phil
O’Hara, Global Political Economy Research Unit,
Ontology of Innovation: Human Agency in the
Pursuit of Novelty
Jerry Courvisanos,
Mises’s Social and Economic Philosophy
Hiroyuki Okon,
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SESSION
3
Chair: Jerry Courvisanos
The Big Picture: Alternative Views of Economics from our Overseas Guests.
KEYNOTE ADDRESS I: History of Heterodox Economics, Is there one?
Frederic S. Lee, University of
Missouri-Kansas City,
Followed by presentations:
A Cultural History of Culture and Economy
Robbert Maseland,
Popularization of Smithian Economics in German speaking areas: with Special
Reference to Carl Menger
Yukihiro Ikeda,
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SESSION
4
Chair: John Pullen
Theme:
English HET
Quest
for a ‘good’ fund: A Prelude to the Land-bank Controversy
Seiichiro Ito,
Thomas Tooke on the Corn Laws
Matthew Smith,
Walter Layton on the Relations of Labour and Capital (1914): a Marshallian text pur sang?
Peter Groenewegen,
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SESSION
5
Chair: John Lodewijks
Theme:
Market-based Economics and HET
How
Far was
Tony Endres,
Polemics
and Pissoirs: Using the History of Thought as a
Marketing Tool.
Craig Freedman,
A Theoretical Reconstruction of Hayek’s Spontaneous Ordering
The
‘
Michael McLure,
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SESSION
6
Chair: Frank Hurley
Ballarat Connections at the Ballaarat Mechanic’s Institute
An
Economic Analysis of the
Ann Beggs-Sunter,
The Ballaarat Mechanic’s Institute: Visions of Grandeur or a Suitable Expression of Mid-Victorian Pride?
Jennifer Hazelwood,
The Calculating Assayer: W.S. Jevons’ First Statistical Chart in Political Economy
Michael V. White,
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KEYNOTE
ADDRESS II: The Structure of Post Keynesian Economics: The
Core Contributions of the Pioneers
Geoffrey
Harcourt,
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SESSION 7
Chair: Michael Schneider
Heterodox
Themes I
The
Economic Accounting of Karl Marx
James Doughney,
The Hirschian Paradox, 30 years On
Keith Rankin, Unitec
Institute of Technology,
Making
Visible What is Hidden: The role of life histories in writing the history of
Heterodox Economics
Tiago Mata,
Internal Labour Markets, Institutionalism and Personnel Economics
Craig MacMillan,
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SESSION 8
Chair: Ray Petridis
Heterodox
Themes II
Not
the Devil’s Decade: Nicholas Kaldor in the 1930s
John King, La
Is
Social Justice Important in Keynes?
Rod O’Donnell,
Schumpeter and Steindl on Maturity and Growth in Capitalism
Harry Bloch,
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[LINK]
オーストラリア経済思想史学会HETSA (History of Economic Thought Society in Australia)
バララート大学 (Ballarat University)
バララートの宿 George Hotel & Cafe
シドニーの宿 Unilodge | Medina Executive Coogee
オーストラリアのホテル予約サイト http://www.hotel.com.au
参加者たちのホームページ Phil O’Hara | Rod O’Donnell
Photo 釧路からオーストラリア | オーストラリア (2007.7.)